2012年03月02日

秋山礼巳さん 逝く

 秋山君が逝ってしまった。 ちょっとはやすぎたなー。 同じ頃にきた仲間として欠けていくのは少し寂しい。

ポッダムの広島長崎広場の話があってうってつけの彼に(広島出身)連絡したがもう返事も受けられない有様に入っていた。

リンツの中島君は長崎出身で彼にも電話で話を伝えたが協力はするという返事で結局ノルウエーにいるボクが御手伝いす

ることになった。 

お別れの式にはベルリンの橋本君と参列した。昔の仲間レオ、パウル、ジェラール、中島君が来れなくてリンツからは

フロリアンーシュバルツ、そして彼の教え子の一期生5−6人が参列。 

儀式は腹を割くような大太鼓で始まり3分ほどの演奏、レオや彼の元学生がお別れの言葉ではなむけ、

最後は地からわくような静かな太鼓で〆めて終わった。

葬祭壇は簡素に彼のいつもの姿があり、バラの油絵がイーゼルに掲げられ、ウルネが小さくあった。

とても簡素で静かないいお別れができた。   

気温6度、春の気配はあっても雲の深い土曜日だった。        

 まこと
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Symposium Norgeのホームページが開設された

sympo_norge.jpg

1985年に始まった藤原まこと主宰のSYMPOSIUM NORGEのホームページが開設された。 
URL : http://www.symposiumnorge.steinweise.de/geology.html

開催年、1985,1987,1990,1992,1994,1996,1998,2000,2002,2004,2007,2010,2011。
継続は力なり!!!

全参加者名簿
All participants in alphabetical order

Claudia Amman, Tyskland (2002)
Linda Bakke, Norge (2002)
Jacques Benard, Canada (1985)
Sissel Berntsen, Norge (1998)
Dag Birkeland, Norge (1985)
Roger Bischoff, U.S.A. (2011)
Susanne Blocksdorf, Tyskland (1996)
Harald Bodøgaard, Norge (1994)
Finn Henrik Bodvin, Norge (1987)
Emanuella Camacci, Italia (1998)
Einar Dahle, Norge (1996)
Zhang Dan, Kina (1992)
Daisuke DD, Japan (2010)
Emanuell Debarre, Frankrike (1987)
Olaf Didzum, Tyskland (1996, 2004)
Live Due, Norge (1994)
Robert Elfgen, Tyskland (1996)
Takahiko Endo, Japan (2007)
Christl Falbesoner, Østerike (2011)
Ioanna Filippidu, Hellas (1985, 1987)
Margrethe Friis, Norge (1996)
Rytaro Fujie, Japan (2010)
Makoto Fujiwara, Japan (1985, 1994, 1996, 2004, 2007, 2010, 2011)
Robert Greenwood, England (1996)
Claes Hake, Sverige (1996)
Jacqueline Hassink, Holland (2000)
Ulrik Hellum, Norge (1996)
Klaus Herbrich, Tyskland (2007)
Paul Hoffmann, Tyskland (2007, 2010, 2011)
Doug Hunter, Canada (2000)
Jasmin Hurst, Tyskland (2010)
Shiiko Iwaki, Japan (2007, 2010)
Jan Olav Jensen, Norge (1996)
Hideaki Kobayashi, Japan (2007)
Verena Koppel, Tyskland (1996)
Martin Kuhn, Tyskland (1996)
Janez Lenassi, Slovenia (1992)
Cecilia Li, Taiwan (2000)
Martine Linge, Norge (1998)
Thomas Link, Tyskland (1992)
Peter Lundberg, U.S.A. (2002)
Marit Lyckander, Norge (1985, 2004)
Silvia Makita, Italia (1996)
Michikatzu Matsune, Japan (2000)
Lydia Musco, U.S.A. (2002)
Louis Niebuhr, Tyskland (1985)
Stephan Obermayer, Tyskland (2007)
Harald Oredam, Norge (2000)
Darell Petit, Canada (1992, 1996, 1998)
Paul Petry, Tyskland (2004)
Lilia Pobornikova, Bulgaria (2002)
Karl Prantl, Østerike (1985, 1994, 1996)
Uta Prantl, Østerike (1996)
Sebastian Prantl, Østerike (2000)
Peter Paskiewicz, Østerike (1987)
Indulis Ranka, Latvia (1987)
Enrica Rebeck, Italia (1998)
Elisabeth Reichegger, Østerike (2010)
Hilde Rodal, Norge (1985)
Yoko Sako, Japan (1992)
Doris Schälling, Tyskland (1990)
Per Schou Hanssen, Norge (2007)
Nicola Schröder, Tyskland (1985)
Shinroku Shimokawa, Japan (2011)
Kristel Sinson, Frankrike (2002)
Ricardo Sohn, Tyskland (2007)
Hagbart Solløs, Norge (2004, 2011)
David Svoboda, Tsjekkia (2011)
Flavio Titolo, Italia (1992)
Tove Mugaas Traavik, Norge (1990)
Susanne Tunn, Tyskland (2011)
Keizo Ushio, Japan (2000)
Reijiro Wada, Japan (2011)
Harald Wårvik, Norge (1985)
Zoé de L'Isle Whittier, Frankrike (1987)
Knut Wold, Norge (1985, 1987, 1990, 1994, 1996, 1998, 2002, 2004, 2011)
Noburu Yoshida, Japan (1990)


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ポツダム広場の名前が変わった。Hiroshima-Nagasaki-Platz

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実は公園課が勝手にオレンジ色(僕は作業中いつもこの色のズボンだったからか)の
ベンチに塗ってこのハの字型に取り付けたらしい。 僕らの計画では左側で控えめな場所のはず。

しかしこれも何度もみていると結構おもしろいんではないかと思えてくるのだ。  冬のドイツにうってつけの晴れやかな色。
これはドイツの清掃局作業員の服の色でもあり、ここで彼らが休んでいたということも聞いた。
迷彩色で彼らの落ち着く場所だったらしい。

これも悪くないなと思い始めています。正面の建物はポッダム会談のときにトルーマンが滞在した別荘で
リットルホワイトハウスと呼ばれ原爆投下の命を下した(1945年7月25日)という。いまはその資料などが展示
されこの計画はじめは目の前のたんこぶとして新聞紙上で何日間も論争がありました。デモクラシイです。「陰でスポンサーが皆おりてしまったというおまけ付きでした。
アメリカ人建築家ミスヴァンダローへの初期の作品です。

ポッダムは映画のスタジオがあり いまでも学校があります。ポッダム会談は近くのツエチチリアンホーフという
お城でスターリン、チャーチル、トルーマンが戦後ドイツ統合を相談しました。その合間に原爆投下の命が内密になされたと聞いています。 戦後65年経ってここにやっと長崎の名前の入った広場ができた。外林先生はほっとして年末28日に他界、この23日にポッダムでお葬式です。      まこと

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