2010年07月31日

八王子彫刻フォトマップが完成


マップには、『見て触れて楽しみましょう』-彫刻の楽しみ方をアドバイス-
市内には、国内外の彫刻家による大作がたくさんありきその多くは、『彫刻のまちづくり』として1975年-2000開催された「八王子彫刻シンポジウム」で制作されたものです。緑や街角の景観と解け合い楽しいハーモニを創り出しています。彫刻の形の「おもしろさ」や「美しさ見る角度や光の動き、雨や雪とのコラボレーションならも発見できるでしょう。家族やお友達と一緒に、彫刻に触れながら対話をお楽しみください。
発行日/平成22年3月発行/(財)八王子市学園都市文化ふれあい財団TEL/042_621_3005

リストには、八王子駅北口エリア16点、八王子駅南口エリア11点、西八王子エリア18点、高雄エリア9点、片倉エリア19点、北野エリア5点、多摩ニュータウンエリア15点、その他10点、が記録されている。
詳しくは、http://ishikaraishie.sakura.ne.jp/archive/frameset-14.html   、左のフレーム内の「八王子彫刻マップ」をクリックして下さい。

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2010年07月27日

まことのたより/2010/7

 ニュースによれば、藤原まことが以前から関わっていた、ドイツ、ポツダム市にある広島広場の追悼碑が除幕をむかえたようだ。
これは、1945年夏、連合軍がポツダム宣言をまとめる会議を開いていた間に、原爆投下をトルーマン米大統領が命令した。米大統領が滞在していたポツダム市内の邸宅前広場(ヒロシマ広場)に広島、長崎の被爆者をしのぶ追悼碑が建立された。
 2005年12月に、ポツダム市は、ここをヒロシマ広場と命名していた。そこにポツダム市民から持ち上った追悼碑建立にたいして、「ヒロシマ広場をつくる会」から、そのための費用が市に寄付されたりした。藤原まこともラビックの石材を寄付したり、ヒロシマや長崎へ出かけて行き被爆した石を探したりした。その結果、広島では保管されていた被爆した市電の敷石を、長崎では山王神社の境内の被爆した石を寄贈してもらうことになり、ラービックの石の上に置くデザインとなった。途中、大きな石が植物の根元を圧迫するので許可できないなどのクレームに遭遇するなどの問題を克服しての完成だ。

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トールーマン大統領が滞在していた、ヒロシマ広場に面した大統領の別荘。(当時)



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碑は、図の様に配置されているのだが、藤原まことの考えるところによると、この場所は屋根のない教会であり横たわる細長い石は祭壇だそうだ。祭壇石は約9メートル、重さが約36トンと巨大だ。手前に、2mX3mX0.2mの板石がくる。この銘板には、ドイツ語、英語、日本語でヒロシマ広場の謂れが書かれていて、二度と核爆弾による悲劇が繰り返されてはならない、という悲願が記されている。そして、銘板には長崎の山王神社の被爆石とヒロシマの市電の被爆した敷石が固定されている。



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2010年07月19日

まことのたより/2010/7

 藤原信が5年前に始めた公園造りが、最近にプランテルさんの作品を設置しひとまず完結した。この公園造りは、ラビック石彫シンポジウムを支えてくれたラボラドール石材会社の社長にシンポジウムを支援してくれたお礼をこめてまことが造り始めたものだ。ラビック港の近くに位置する自然が豊に残る場所がそこになる。大きな岩盤が露呈していたり、形が日本の松ににた姿のよい松も沢山生えている。必要のない雑木や下草を切り払うものの出来るだけ自然の景観を大切にした公園だ。そのなかに石彫が点々と最小限に引き算した主張で設置されている。それはあたかも、その場所が、ここに作品を置いて欲しいと、まことにささやいたところに置かれている。
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