2009年12月04日

藤原まことのたより

藤原信さんから便りがあった。2010年7月25日の落成式をめざして、「ポツダム・ヒロシマ広場をつくる会」から藤原信さんに依頼があった原爆犠牲者を悼む「祈念碑」に使用する被爆石を調達するために来日していた。この碑はドイツ、ポツダムにあるヒロシマ広場に設置される。今から64年まえ連合軍はポツダムで日本に無条件降伏を迫る会談を進めていた、その会談中に原爆投下の命令が下された。ヒロシマ広場はトルーマン大統領が当時滞在していた邸宅の前の広場を2005年にポツダム市議会が命名した。

 「二週間の帰国、長崎、広島を訪ねて昨日ハノーバーに戻りました。 御陰さまで ほぼ
目的が果たせた事を報告します。九月にベルリンで広市大の学生7/8人と会食した席上で長崎出のR・H君が長崎がない とポッダム・ヒロシマ広場の話に 口を挟んだことで事がはじまりました。 ベルリンの共同通信から長崎へ、原爆資料館館長から市長、そして被爆語り部の元長崎電気軌道の83歳の和田さん、を動かし200まいの軌道敷石を見た後 山王神社の境内の被爆石にたどりつきました。  山王神社の新嘗祭の席で、六十人の氏子さん達に説明しましたが メデイアの御陰で口端にのぼっていて難なくその境内から被爆石を頂けることになりました。
 一枚の銘板上に双方の被爆石を並べてポッダムから ヒロシマ・ナガサキとなるよう市議会に申請する由、 日本からの石の輸送、 ノルウエーからの石の運搬、設置などベルリンの福本さんがてんてこ舞いしますが今の所 資金問題のぞいて順風満帆といえます。 報告まで、また。」
(一部削除)
「ポツダム・ヒロシマ広場をつくる会」のホームページURL:http://www.hiroshima-platz-potsdam.de/
   

posted by 事務局 at 12:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記